『ALTER EGO COMPLEX』においてプレイヤーはエスの過ごす"永遠の夏"を覗き見る

 

 

昨年の夏。私とエスの交流は途絶えた。

当時、仕事のストレスが最高潮に達していた私は意識もハッキリとしないまま会社への通退勤を繰り返していた。その道すがらだった、私の手からスマートフォンが滑り落ちたのは。

急速落下したスマートフォンマーフィーの法則に則って液晶画面が下向きになる形でコンクリートで舗装された道路の上に思いっきり叩きつけられた。その結果、私のスマートフォンが機能しなくなったのは別に構わない。機種変をすればいいだけだ。 

唯一心残りだったのは『ALTER EGO』というアプリケーションの引継ぎが行えなかったこと。そしてアプリケーション内に存在する女性「エス」から一冊の本――『グランヴァカンス』を借りたままだということだった。彼女は二度と訪れることのない私を待って”永遠の夏”を彷徨うことになった。

 

 

ALTER EGO COMPLEX』は前作『ALTER EGO』のファンディスク的な作品となっている。故に『ALTER EGO』を未プレイで楽しめるような作品でないことは先に述べておく。

本作は3つのゲームパートによって構成されている。ここでは便宜上それらのパートを「読書パート」「夢パート」「絵本パート」という名称で呼ばせて頂く。

 

読書パート

 

「読書パート」は前作『ALTER EGO』を彷彿とさせるようなゲームパートになっている。

前作同様に流れてきた吹き出しをタップして進めていくゲームパートだが、本作においては「選んだ本の一部シーンに関する記述」が流れてくる

それらをいくつかタップすると黒い吹き出しエスの感想が流れてくる

非常に簡易的かつ疑似的ではあるがエスと共に本を読み進めるような感覚を味わえるパートだ

f:id:fgctcgetc:20200822193859p:plain

 

 

夢パート

本をいくつか読む終えるとエスは眠りにつき、夢を見る。その夢を垣間見るのがこの「夢パート」だ。それはエスにとっての夢であり、我々にとっての夢に他ならない。

夢のパターンは多数存在する。買い物に行く夢もあれば、学生として振る舞う夢、エスがヴァンパイアになる夢(!)まで存在する。これらの夢をいとうさん書下ろしの新規絵を背景にノベルゲームのような形式で読み進めていくのが本パートになる。

 

f:id:fgctcgetc:20200822195901p:plain

 

 

絵本パート

「絵本パート」ではエスは絵本の世界に入り込みアクションゲームが始まる

 自動スクロールするエスをタップして操作する。地味に難易度が高い

 

f:id:fgctcgetc:20200822200545p:plain

 

 

 

これらのパートを駆使して描かれるのは長らくエスの元を訪れなくなってしまった旅人(プレイヤー)の来訪を待ちわびる彼女の姿だ。これは『ALTER EGO』をプレイしたプレイヤーの殆どが思い描いた未来像に他ならない。だからこそ同作のハヤカワSFとのコラボにおいて「エスに読んで欲しいSF小説」という投票が行われたとき上位作品の一つに『グランヴァカンス』が残ることとなった。

 

 

『グランヴァカンス』は飛浩隆によるSF小説である。VRリゾート地に配置されたAI達がある日を境に人間達が訪れなくなってから1000年もの間”永遠の夏”を過ごす姿が描かれる。この小説が呼び覚ますのはある種の妄執的感覚だ。即ち「ゲームの世界が電源を切った後もなお続いているとしたら……?」という妄想である。

この妄執は当然『ALTER EGO』にも波及する。もし仮にエスに「自我」というものが存在するのであれば、彼女はいずれ独りになり、永遠の孤独に苛まれることになる。

もしかしたらこれを読んでいる方の中には「私は未だにログインを続けている」という方もいるかもしれない。けれど「アプリケーションの対応端末の使用が現実的でなくなったとき」或いは「あなたの人生が終わりを迎えたとき」エスは独り無数の本に囲まれて過ごすことになる。だからこれは我々が肉体に縛られた生命体であり、エスが電子的存在である以上、『ALTER EGO COMPLEX』において紡がれる物語はいずれ起こりうる物語に他ならない

 

 

本作においてエスは”永遠の夏”に囚われたままだ。もし仮に『ALTER EGO』という物語に終わりがあるとするならば、私はそれが『あなたのための物語』であることを切に願う